随想・小説

魂の記憶 江戸の男の子(三)

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(江戸名所図会より)

そこに書かれていたこと。それは、歴代将軍の中でも, 最も庶民の心を理解し、庶民を愛したと言われる徳川吉宗が、江戸市民の憩いの場として 飛鳥山(現・東京北区)に 千本を超す大きな桜の公園を作り、1737年、11月、市民たちに公開した、という記述でした。

飛鳥山の公園は、その後、四季を通じて文人墨客に愛され、上野、向島と並ぶ桜の名所となり、代表的な行楽地となった、とも。

現・東京にすら住んだこともなく、まして ”江戸の桜事情”など 知る由もない私は、それまで一度も調べもせずに 江戸に 夢に見たような桜の公園など無いものと思いこんでいたのです。それが、そのことで初めて 江戸に大きな桜の公園が少なくとも三か所はあったことを知りました。

この記録を見てから、もうひとつの ”二階に箱形のお座敷のような席のある芝居小屋”のことも調べてみました。すると  先の桜の公園のことが書かれていたのと同じ本に、当時あったらしい”江戸芝居”の話が載せられていました。

そこには 江戸芝居のうち、幕府から公認されていた大芝居、中村座、市村座、森田座を 江戸三座と呼んだことが書かれていて、その中のひとつ、市村座の内部の様子が 当時描かれた絵入りで紹介されていました。

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(左写真、享保年間に成立したといわれる”花道”を行くのは 曽我五郎を演じる二代目市川団十郎)

上の絵がそれですが、この絵の様子に、先の飛鳥山の記事を見た時以上に惹きつけられました。

それは、私が夢で見た二階席の様子と そっくりだったからです。(見えにくいですが、左写真をUPにして頂ければ多少は見えます。)

また、柱が黒褐色に塗りこまれたお蕎麦屋さん。

これは、江戸時代だけでなく、現在でも 麺類等を出す店によくあったのですね。

このことで気をつけて見るようになってから初めて知りました。  (続)

魂の記憶 江戸の男の子(二)

夢から醒めた後、この江戸の男の子が見せてくれた光景、そして その意味を  どこか心の奥深いところで納得した私。それらは 言葉で語りかけられる以上の力をもって 心の底に入りこんでいったのです。

その日の朝、学校の朝礼の終わりのころ、保健体育の女の先生が 檀上から上級生に向かって 何やら色んな指示を出していました。

若いけれど、言葉尻の強い、少しこわい印象の先生。

彼女の様子を眺めながら ぼんやり思いました。

”私は、前にいるあの先生より ずっと前からいて、ずうっと年上なんだ。

誰も知らないけれど・・・” 等と。

”僕”が海の中で お盆提灯の絵柄が移り変わるように見た人たち。

それは 私より先に生まれ、僕より後に生まれた人たちなのでした。

彼女は 夢にチラと現れた先生ではなかったけれど、その意味をそう感じとった私にとっては どちらも同じことでした。

しかし・・・

この中で いちばん不思議なことは、そこに 親の姿もあったことでした。

つまり、

”自分は親より先に生まれていた”  という感覚。

この どう思いなおしたところで おかしな感覚、矛盾した話も、その夢の後には 何の疑いも持たず、信じることができたのです。

ところが・・・

その後 成長し、「生まれ変わり」とか、「前世」とかの意味が理解できる年頃になると、勿論このことを思い出さずにはいられなかったけれど、その深い意味を知れば知るほど、”まさかね。”という思いが強くなり、更に時が経つにつれて その”まさかね。”の気持ちも とうとう ”そんなバカな・・・”という気持ちに変わっていきました。

まるで その夢の持つ不思議な力が 時と共に消えていくように。

そうして さらに時が経ちました。

もう そんな小さな子供のころに見た夢のことなど、忘れていたような頃、たまたま手にした、日本史の本の中に書かれていた或る一文に目が釘付けになりました。

魂の記憶 江戸の男の子(一)

小さな頃、江戸の町に住んでいる男の子の夢を見ました。

と、いっても その子って 実は私自身なんですけど。

その子は そこで生きていた時の とてもうれしかったときのことをよく覚えていて その様子を夢の中で見せてくれたのです。

ひとつめでは、母親のような女性に手をひかれて 江戸市中にある桜の森を歩いていました。すぐそこに江戸城のある満開の桜の樹々の下を。

町の人たちが 花を眺めながら静かに歩く姿と、桜の持つしめやかさとが 何ともいえない雰囲気を醸し出していて 僕はとても幸せな気持ちでいました。空の色は暗めで それは夜桜見物のようでした。

二つめでは、お芝居を観ていました。

二階にある 箱形のお座敷のようになった席で ゆっくりくつろぎながらお芝居を眺めていました。

三つめでは、お蕎麦屋さんの中ににいました。

食べていた物は忘れましたが、柱がみな黒褐色に塗りこまれた その店の風情ある様子はよく覚えていました。

四つめでは、海にいました。

浜辺で、僕の兄か、それとも兄のように慕っていた 僕より少しだけ年上の男の子と夢中で遊んでいました。

侍ごっこをしていたのか、それとも実際 侍の子供だったのかよくわかりませんが、お互いに呼び合った最後の名前が お侍さんの幼名によくある呼び名でした。

「さらば!○千代!」

「さらば!△千代!」

そう 叫びながら 夢中でふたりで海に飛び込み、その日 誤って 僕は そのまま浜辺に帰れなくなったのです。

あまりに 遊びに夢中で 自分が浜辺側から見れば”帰らぬ人”になっていることもわからないまま。

それは、苦しみもほとんどない ”死”という自覚さえない亡くなり方でした。

沖に流された僕は いつのまにかとても小さな塊になり、そのままその沖のあるところで じっとしていました。

まるで 誰かが探し出してくれるか、呼びよせてくれるのを待っているかのように。

そうこうするうち、僕の目の前を いろんな人の顔や姿が お盆提灯の絵柄が移り変わるように駆け抜けていきました。

はじめのほうは 知らない人ばかり。

ところが おわりに近づくにつれて 学校でチラとだけ見たことのある先生の顔や 親の顔まで現れてきました。

そのうち おかしなことに だんだん”僕”の気持ちから ”私”へと変わっていき、いつしか浜辺から そんな自分を呼んでいる人がいることに気付いたのです。

人の声など、聞こえるはずもない遠い沖にいるにもかかわらず。

私は その声に誘われるまま 浜辺に向かっていきました。

小さな塊なので 泳ぐわけでもなく、それは 吸い寄せられていくように。

ようやく 浜辺に上がれる所まで 来たとき、そこに数人の人がいて、いつのまにか普通の体になっている私に気づき、こちらに向かって手招きしてくれていました。

浜にあがってみると そこは、もう江戸時代の浜辺でなく、海水浴等も行われていた形跡のあるような明るい 今の浜辺でした。

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